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聖書の話

イエスの約束(一部抜粋)

barnabina


The world can give us peace when our circumstances are comfortable, but Jesus gives us peace in all circumstances.

世は状況に問題がないときに平穏を感じさせる。しかしイエスは私たちがどんな状況にあろうと平穏を与えてくださる。

イエスは言われた。「わたしは、世が与えることのできない平安を与えるために来たのです。わたしはあなたたちに、まったく別の種類の平安を与えるために来たのです。」

この世界が提供する平安は、常にその時々の状況に応じた平安だ。

「うまく状況をコントロールできれば得られる」という種類の平安。自分の外的な状況を変えることで得られるのが、世の平安だ。

それは当面のところうまくいっているから感じられるだけで、状況がいつまたおかしくなるかは分からない。だから脆くて一時的な平安だ。

ではどうすれば、この苦悩に満ちた世界で心を乱さずに生きられるんだろう?

それにはイエスが与えてくれる平安しかない。超越的で、全く異なる方向から来る平安。この世界は我々の外側の状況に基づいて内的な平安を与える。イエスが与えてくれるのは、我々をとりまく状況に関わらない内的な平安なんだ。

それがあるから、間もなく裏切られ、殴られ、十字架につけられると知っていたまさにその夜にも、イエスは民に平安を与えられた。イエスにはそんな状況のただ中でも揺るがない平安があった。それは、神の御心を知ることに根ざした平安だ。

神の御心を知ること、その根底にあるのは神の愛、神の偉大さに対する理解だ。ヨハネによる福音書14章29節でイエスは「わたしは、事が起こる前にあなた方に話しました。それが起こったとき、あなた方が信じるためです。」と言っておられる。「これから受ける苦難をわたしは知っています。誰がそれを指揮しているのかも知っています。」ということだ。

イエスは「この世の支配者」であるサタンがご自分を捕らえに来ると言われ、続けてこう言われた。「彼は私に対して何もできません。(ヨハネ14:30)」

まったく罪がないイエスに対して、サタンは何もできはしないんだ。

イエスはつまり

「私が平安を得ているのは、私の命は至上の存在、絶対者である父のものであり、私はその父に従って歩んでいるからなのです。サタンは私を、十字架につけ、殺し、滅ぼすためにやって来ます。しかし、私は父に愛をもって従い、歩んでいます。渦中にあって私が信頼しているのは父なる神なのです。だからこそ、私はこのような状況でも平安を得ることができ、そして、あなた方にもその平安を与えることができるのです。」と断言しておられるんだ。

これは我々にとって大きな保証だ。

ところでイエスは大きく二種類の方法で私たちに平安を与えてくださる。

ローマ人への手紙5章1節には、「ですから、私たちは信仰によって義と認められたのですから、私たちの主イエス・キリストによって神との平安を得ているのです」とある。

そもそも人間というものは、その性(さが)ゆえに神に反発、反抗してしまうものだ。イエスはその人間と神の間に和解と平安をもたらすために、十字架の上でご自身の血を流してくださった。

我々クリスチャンはもはや、神と敵対していない。これは福音、素晴らしい知らせだ。

この、十字架上でイエスによってもたらされた神と共にある平安が、我々クリスチャンが享受する第一の平安だ。

第二の平安はピリピ人への手紙4章7節に述べられている。ここでパウロは、「人のすべての知を超越した神の平安が、あなたがたの心をキリスト・イエスにあって守るであろう」と言っている。

これは神が自分の味方であり、自分の近くにいることを知ることから来る、経験していく種類の平安だ。

パウロは、この平安が私たちの心を守ると言っている。

この平安は、周囲の人には理解できないことも多い。

時には「こんな大変な状況の中でどうして喜びと希望を見出し、意志を保てるのですか?」と驚いて尋ねる人がいるほどだ。

聞かれた本人でさえ「どうしてかな。なんで僕は参ってしまわないんだろう。わからないよ」としか答えられないことも多いけれど、それは実は、イエスが与えてくださる平安を持っているからなんだ。

その平安は、困難な状況の真っ只中で、我々の経験を変える力を持っている。

イエスの元にあるかぎり、この世のどんな困難な状況、不安や恐れにも1人で対峙する必要はないんだ。これは我々が決して忘れてはいけない大切なことだ。

イエスは聖霊を送ってくださった。

我々をいつも助け、強め、導き、我々がキリストへの愛と従順で満たされるように。

生きるということは、あらゆる試練や苦難を経験することだ。しかしイエスは、どんな状況であろうと我々に寄り添うと約束された。イエスは決して我々を見捨てない。この揺るぎない約束のおかげで、我々は世が与えることのできない平安を得ることができる。どんな試練や苦難の中でも平安を得ることができる。

この聖句の中でイエスは信徒たちに、信頼していいんだと保証されている。そして今この瞬間も、同じことを我々に保証しておられる。だからいたずらに心を騒がせたり、恐れたりしないようにすることだ。

イエスはご自分の民になさったすべての約束を守ってくださる人なのだから。

祈りましょう。

イエス様、あなたがあなたの民を愛し、あなたの民を養い、気遣い、求め、私たちを一人にされないことに感謝します。聖霊様、あなたが私たちの内に働き、イエス様への愛を強め、私たちを導き守ってくださることに感謝します。

聖霊様、あなたの民にますます力を与えてくださいますように。私たちをイエス様への愛に満ちた従順へと導いてくださいますように。

この教会に感謝します。イエス様、あなたがあなたの民である私たちを気遣い必要なものを与えてくださることに感謝します。イエス様、愛に満ちた父なる神は決して見捨てないことを、私たちみんなが知るように願ってくださっていることを感謝します。

父なる神よ、今日この日、私たちがあなたの御言葉を信じることができるように助けてください。信仰によってそれを受け入れられるように助けてください。私たちが孤独感に飲みこまれそうな時、真理へと導き、錨を下ろしてください。

主イエス様、ありがとうございます。あなたが私たちを一人にせず、これからも決して一人にしないでくださることに感謝します。そして、あなたが生きておられ、そのために私たちも永遠の命への確信をもてることに感謝します。キリストの御名によって祈ります。

アーメン

ゲイブ デイヴィス牧師、ヨハネによる福音書 14:15-31

リディーマー教会

アメリカ ワシントン州ベルビュー

2026/1/25

Promises From Jesus

Part of a sermon preached by Pastor Gabe Davis

Redeemer Church

Bellevue, Washington, USA

January 25, 2026

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バーナビーナ
バーナビーナ
40過ぎてから 『英語ペラペラのクリスチャン』 になった変なおばちゃん。 Jesusに出会えば幸せになれる人がたくさんいることに焦りまくって、落ち着かない毎日を過ごしている。
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